


鈍く光るガルバリウム鋼板の外壁が、そのまま屋根に連続している。建物全体が硬質な殻ですっぽり包まれているのに、切妻屋根の平屋はどことなく愛らしい。
この家で荻野さん夫妻と車椅子生活を送る夫の母が暮らしている。築35年を経た2階家を昨年、3人のための平屋に建て替えた。
「前の家は昔のつくりで、車椅子は使えないし、いつもいる場所が暗くて寒くて、1日中電気をつけて暮らしていたんです」(妻)
この生活を変えて、明るい気持ちで暮らしたい。介護しやすい家にしてほしい。知り合いの工務店に紹介された建築家、白子秀隆さんにはそれだけを伝えた。
「お母さまの様子がどこからでも見えて、それでいて適度な体感距離が保てる空間づくりを考えました」と白子さん。
車椅子で動けるようにバリアフリーは必須条件。さらに全体を大きなワンルームと考え、構造壁で各部屋を仕切るのをやめた。
約90m²のワンルームの殻は、外壁と2本の柱で支えられている。それを可能にしたのは、横尾真さんによる構造設計だった。間隔を置いて立てた2本の柱は普通の柱ではない。それぞれが木の幹のように上部から太くて長い枝を4本張り出し、屋根をしっかり支えている。この木の幹を芯にして四方に配置した十文字の壁が各部屋を分けている。
部屋と部屋を仕切る引き戸を壁の中に引き込み、開け放つと、開口の先に開口が連続し、鏡の中に鏡が無限に映り込む「合わせ鏡」のような不思議な広がりと奥行きを感じさせる。もちろん、車椅子での移動もラクラク。
緩やかに分割されたバリアフリーのワンルームは、介護する人とされる人の間に、適度な距離とつながりを生み出している。

外壁と屋根が一体化した殻のような外観デザイン。屋根のてっぺんは1.5階分の高さがある。向かって右側に2階建てのアパート、左側には4階建てのマンションがあるため、純然たる平屋の高さにすると、平べったい印象になってしまう。そこでマンション側の切妻の頂点を高くして、町並みとのバランスを取っている。高くなった部分にロフトを設けることもできた

素材も色もハードなのに、「三角屋根のおうち」のイメージ。屋根と壁がなだらかに連続しているため、やさしい印象がある。ひとりの職人が屋根も壁も施工することができて、コストダウンにもなった。かわいい郵便ポストはこの家のミニチュア版

A. 寝室、居間、ダイニングが分割しながら連続しているのが分かる。開口部は車椅子で通るのに十分な大きさ。各部屋を分ける壁の中心に、屋根を支える「木の幹」が隠れている
B. ロフトからの眺め。開口の向こうに開口が見え、広がりと奥行きを感じさせる
C. 妻の拠点となるDKを平面の中央に配置。この開口だけは引き戸なしに居間に続いている。天井高を抑えた落ち着きと居間に視線が抜ける開放感が相まった居心地のいいスペース。ここには妻のボランティア仲間や友人たちが集まることもある
D. 上部に見える三角形のスリット窓は、夏場の熱気排出に効果的。このスリットは壁に隠れた「木の幹」と、そこから斜めに伸びる「枝」とのすき間にあたる
E. この家を建てるとき、「夫婦がどう向き合って生きていくのかを考えました」(妻)。夫はゴルフ、妻はウォーキングや地域のボランティア。母の介護をしながら、それぞれに自分の時間も楽しんでいる

この家には玄関らしい玄関がない。板張りのなだらかなスロープが前面道路から玄関ドアへと自然に導かれている。玄関から内部へはまったく段差なしにつながり、内部も完全バリアフリー。車椅子での移動を考慮した平屋は、ムリなくムダなくのびやかで、荻野さん夫婦にとっても動きがラクな家になった。
2階家から平屋に住み替えるということは、生活をコンパクト化することでもある。荻野さんは建て替えを期に、母のものも含めた持ち物を思い切って処分。すっきり暮らすことができるようになった。

南側外壁の開口部はすべて掃き出し窓。板 張りのテラスは地面に近い低い位置にあり、庭との距離が近い。外部とコミュニケーションがしやすいオープンなつくり

左 板張りのテラスは昔の縁側のよう。テラスドアを使った玄関は勝手口感覚。外壁とつながる屋根には思わぬ効用があった。「寒い季節、朝日が昇ると、丸い小さな氷の粒がキラキラ光りながら落ちてくる。本当にきれいですよ」(夫)
右 この建物の印象をやさしくするのにひと役買っているのは、テラスの前に並べた鉢植えの花たち。可憐な自然の彩りが、介護の日常に潤いを与えてくれている。

A. 車椅子で動きやすいように、水回りはゆったりとつくられている。キッチンからの動線も短い。妻のアイデアで、洗面・脱衣室と納戸をひとつにまとめた。右手にIKEAの大型収納家具を背中合わせに置き、納戸として使っている
B. 玄関を入ると向かって右側が母の部屋、左が居間、正面が洗面・脱衣室。すべてのスペースが、バリアフリーの回遊動線でつながっている
C. 母の部屋には車椅子が入れる専用のトイレ、洗面がつくられている。奥の浴室にも直結
D. 母の部屋の上にあるロフトは南向きで日当たりがよく、洗濯物を干す場所としてつくられた。ここは平屋の中の「特別室」でもあり、「私がたまに昼寝したりするのに使っています」(妻)
